タグ「秋 時候」 の検索結果(1/1)

2010年11月 6日

 

夕づつにまつ毛澄みゆく冬よ来よ   千代田葛彦

 

(ゆうずつに まつげすみゆく ふゆよこよ)

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「夕づつ」は漢字で書くと「夕星」。ゆうずつと言って夕方になると

西の空にいち早く点る大きな星。宵の明星とも言い、金星のことを指す。

金星の最大光度は一等星の数十倍もあるのだそうだ。

地球のすぐ近くにある惑星とはいえ、、それだけの明るさを持つがゆえに

あれほど大きく輝いて見えるのだろう。

季節は秋から冬へ移り変わろうとしている。

夕星を見上げる眼差しはすでに冬の気配をとらえて覚醒してゆくかのようだ。

「冬よ来よ」――。冬を待つ心とは、やはり強き心であろう。

夕星、まつ毛、冬。句に描かれた空気がどことなくメルヘンの世界をも感じさ

せて、ふと藤代清治の影絵を思い起した。

 

 

2010年11月 2日

 

日のくれと子供が言ひて秋の暮    高濱虚子

 

(ひのくれと こともがいいて あきのくれ)

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「日のくれ」と子供のいった声に、日の暮に気付き、そこに秋の暮を感じている。

「秋の暮」は今では文字通り秋の夕暮れの意味でつかわれることが多いが、

もともとは秋の終わり、晩秋をさすものでもあった。

晩秋をさす「暮の秋」という季語があるので、それと区別して使われてもいるが、

「秋の暮」に晩秋の雰囲気をまとっている句も多く、そのあたりははっきりと区別する

ことはむずかしい。

この句の秋の暮は、秋の暮方と秋の終わり(晩秋)のどちらの情趣も伴っている。

それゆえ、何ともいえぬしみじみとした味わいがあるのである。

 

 

2010年10月28日

 

くちびるを出て朝寒のこゑとなる    能村登四郎

 

(くちびるをでて あさざむの こえとなる)

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「朝寒」は朝方に感じる寒さのこと。起き抜けの部屋の空気や窓を開けたときの

ひやりとした風に、冬が近づいていることを感じる。

この句は、自分の声に冬の気配を感じた。真冬のように吐く息が白くなるほどでは

ないけれど、確実に冬へ向おうとしている秋と冬のあわいにある寒さ。

いつものように発した一語にその瞬間の移ろいが捉えられているのだが、

「くちびるを出て」の言い出しがなんとも巧い。ありありと実感を伝えてくれる。

 

 

2010年10月27日

 

帰るのはそこ晩秋の大きな木    坪内稔典

 

(かえるのはそこ ばんしゅうの おおきなき)

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関西では木枯し一号が吹き、北海道では初雪と一気に冬の装い。

今年の秋は駆け抜けるように過ぎていきそうです。

「~年以来の」という真夏日や早い冠雪の気象ニュースが自然の警告のようにも

聞こえます。人がいなくなって、ふたたび地球が緑に覆われて新たに再生してゆく

そんな時が来るのもそう遠い未来ではないのかもしれません。

人は地球を消耗させすぎましたから。

 

今は晩秋。行く秋を惜しんで、冬の訪れを身に感じる季節。

帰るのはそこ、というのはずーっと同じ場所で帰りを待っていてくれたかのような大きな木。

「晩秋」がとても心に響いてくるのは、人生の季節をその言葉に重ねるからだろう。

晩秋の大きな木。そこには羽をたたむ大きなやすらぎだけがある。

だからこそ、そこに帰ってゆこうとするのだ。

晩秋の大きな木。このゆるぎない存在を、誰もが持っているのだろうか。

 

 

2010年10月 9日

 

秋冷や打てば文字出るキーボード   由季

  

(しゅうれいや  うてばもじでる  きいぼうど)

 

 

2010年10月 9日

 

秋冷やモローの白き一角獣    天野小石

   

(しゅうれいや  もろーのしろき  いっかくじゅう)

 

ひんやりと身につのり来る大気とモローの描く一角獣。

画家ギュスターヴ・モローは聖書や神話を題材に精神性高い

美しい絵を描いた。

 

――手に触れるものも、目に見えるものも信じない。

目に見えないもの、ただ感じているものだけを信じている――

                            ギュスターヴ・モロー

 

モローの言葉はその描かれた作品の数々を見れば、とてもよく分かる。

 

パリのクリュニー中世美術館に有名な一角獣のタペストリーがある。

モローの一角獣はそのタペストリーに触発されて描かれたという。

六枚のタペストリーすべての織りに暗示的な意味がたくされていて、

その美しさは見るものを魅了するが、タペストリーの一角獣はモローのそれと

比べると思いのほか可愛いらしい。

 

モローの一角獣はモローのものとして凛と幻想的な魅力を放っている。

秋冷がひたと寄り来るように、見ているうちにふっと心の中にまで入ってくるようだ。

 

一角獣 モロー.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2010年10月 7日

 

新涼や干潟に残る波のあと   由季

 

(しんりょうや ひがたにのこる なみのあと)

 

 

2010年10月 5日

 

あまさずに秋の来てゐる岬かな    由季

 

(あまさずに あきのきている みさきかな)

 

 

2010年10月 2日

 

爽やかやからだにかすかなる浮力   由季

 

(さわやかや からだにかすかなるふりょく)

 

 

2010年9月29日

 

秋すでに空の深みといふところ   由季

 

(あきすでに そらのふかみと いうところ)

 


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