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2010年10月23日

 

渡り鳥はるかなるとき光りけり    川口重美

 

(わたりどり はるかなるとき ひかりけり)

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越冬のために北方から渡ってくる鳥たち。

一羽ずつではなく、大抵は群れで移動してくるので、秋の空を眺めていると、

遠くでも渡りの鳥たちの姿を見つけることができる。

「はるかなるとき光りけり」

渡り鳥の姿が、尊い光りのように描かれていてとても印象的な句だ。

声に出して読んでみて欲しい。韻律が実に美しく響いてくることがわかる。

作者の言う「はるか」は単純な距離の遠さだけではない。

手にいれることの出来ないものへのこころの距離でもある。

 

目つむれば秋の光は地より湧き

泳ぐ身をさびしくなればうらがへす

妙に深いソファー、時計が止まつてゐる

 

つねにどこかに寂しさを湛えているような重美の句に惹かれる。

渡り鳥の句もそう。

25歳の若さで命を絶った作者。命をつなぎとめるかのように詠まれた一句一句が

読むものに輝きながら立ち上がってくる。

 

 

2010年10月16日

 

まつはりて来る秋蝶をそのままに   由季

 

(まつわりてくる あきちょうを そのままに)

 

 

2010年10月16日

 

秋蝶の驚きやすきつばさかな   原 石鼎

 

(あきちょうの おどろきやすき つばさかな)

 

秋蝶は秋になっても飛んでいる蝶。

秋に飛んでいる蝶は紋白蝶やムラサキシジミなど小ぶりな蝶が多いので、

「つばさ」というと少し大袈裟なようにも思えるが、

そこに作者の捉えた対象の存在の大きさが表現されているのだろう。

秋は空気が澄んでいるので、人も物音に敏感になる。

「驚きやすきつばさかな」にはそんな秋の気配の中を飛んでいる

蝶の姿が鮮明に描かれている。

人影や少しの風にも敏感に反応して飛び立ってゆく蝶。

「驚きやすき」という言葉に、作者の秋蝶に寄り添う心が

見えるようにも思う。

 

 

2010年10月 1日

 

さざなみの果てのみづいろ小鳥来る   由季

 

(さざなみの はてのみずいろ ことりくる)

 

2010年10月 1日

 

小鳥来るここに静かな場所がある   田中裕明

 

(ことりくる ここにしずかな ばしょがある)

 

帰ってゆくものがあれば、渡ってくるものがある。

秋の空は鳥たちの移動の空。

本能とはいえ、はるか長い道のりをひたすらに渡り来るその姿を

美しいと思う。途中で命を落すものもきっとあるだろう。

 

越冬のために北方より日本に渡ってくる小鳥たちが、

秋の訪れを告げる。

この句にあるのは、作者のサンクチュアリ(聖域)。

「ここ」はどこを思い描いてもいい。森の木陰でも、湖畔のベンチでも。

心の中だっていいのだから。

 

 「静かな場所」とは詩が生まれようとする場所なのだと思う。

 

 

 

2010年9月30日

 

草に音立てて雨来る秋燕   深見けん二

 

(くさにおと たててあめくる あきつばめ

 

「秋燕」は帰るべくしてまだ残っている燕のこと。

秋は子育てを終えた燕が南へと帰っていく季節。

日本で越冬する燕もいるが、大方は秋分を過ぎた頃を境に姿が見えなくなる。

まだ空を飛び交っている燕に、折からの雨。

草を打って強く降りくる雨は、まるで燕の旅立ちを促がすかのようだ。

一段と深まる秋に、「寒くなる前に帰るんだよ」と燕を案じているこころを感じる。

 

 


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