クリスマスリースに灯り小鳥ほど 由季
(くりすますりーすにあかりことりほど)
2010年12月15日
2010年12月14日
子の髪のつややかメリークリスマス 林 誠司
.............................................................................................
クリスマスが近づくと必ず思い出す、大好きな句。
家族で過ごすクリスマスの夜、吾が子のつややかな髪に
作者の視線が注がれている。その子どもとは、まだサンタクロース
の存在を信じているくらいの年頃の子。
無邪気に父のもとに寄り来る、そんな子供の姿が見えてくる。
子供の髪は無垢でみな艶やかだが、団欒の灯や聖樹の灯に照らされて
まるで天使がいるかのように、より一層輝いて見えたことだろう。
「子の髪のつややか」にはまた、吾が子の健やかな成長を喜ぶ、
作者の親としての思いが籠められている。
この句を思うと、季語の取り合わせがいかに大切かということに気付く。
「子の髪のつややか」という表現をこれほどまでに魅力的に感じたのは、
「クリスマス」という季語で詠まれているからだ。
しかも「メリークリスマス」としたのは実に新鮮で、
「メリークリスマス!!」と言っている声が聞こえてくるかのよう。
くちずさむたびに、幸せと優しさがこの句からは溢れてくる。
2010年12月12日
何求めて冬帽行くや切通し 角川源義
(なにとめて ふゆぼうゆくや きりとおし)
.............................................................................................
「切通し」とは、山や丘などを切り開いて、交通が出来るようにした道。
鎌倉の山を歩いていると、掘削のあとの岩肌がむき出しになっている
切通しに出合う。まわりの木々に日を遮られてどことなく暗くて、
一人で通るのはちょっと躊躇われるようなところもある。
その切通しをひとり行く人がいる。
何のためにこんなところを抜けていくのだろうか。
「冬帽」に象徴された人物の孤独を感じる句だ。
切通しを抜ける冷たい風をも感じる。
「何求めて冬帽行くや」と作者は言うけれど、作者もまた同じなのである。
作者自身の人知れぬ孤独がそう言わせたのであろう。