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2010年10月31日

 

旅客機閉す秋風のアラブ服が最後    飯島晴子

 

(りょかくきとざす あきかぜの あらぶふくがさいご)

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この句から見えてくる映像の余韻と音の響きをただ味わう。意味を求めては

いけない句だなとこの句をくちずさむたびに思う。

私が思い描くのは、砂漠の砂がときおり風にはこばれてくるような場所。

旅客機にはタラップが掛かっていて、今まさに最後の一人が旅客機に乗り込もうと

している。風に吹かれて白くたなびくアラブ服。中に入る手前で一瞬振り返ったような、

そんな時間の溜めをも想像する。そしてたなびくアラブ服の余韻を秋風に残しながら

吸い込まれるように中へと消えてゆく。ゆっくりと閉じていく重い扉。

女性の着る黒いアラブ服を想像するとまた違う余韻があってそれも魅力的だが、

白を想像すると秋風のもつ白という色とも通い合う。

何回読んでも秋風でアラブ服で最後でなければ出てこない特別な余韻がある。

この句が意味ではなく人をひきつけるもう一つの理由は音の響き。

飯島晴子という人の細部にまでこだわりを見せるその職人のような目をそこに見る。

旅客機、閉す、秋風、アラブ服、最後。

「あ」の音が一句を貫くように響く。意味ではなく音を意識することが韻文にとっていかに

大事かということを改めて気がつかせてくれる。

 

 

2010年10月26日

 

露の玉強き光となつて消ゆ   名取里美

 

(つゆのたま つよきひかりと なってきゆ)

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大気が冷えると、草の葉の上に露が降りる。

びっしりと葉についた露の玉がくっついて大きな玉になったりしながら転がり落ちてゆく。

露の玉が消えるときの光。

強き光となって消えてゆくという作者の捉えた一瞬の光は

露の玉を詠みながら、すべての尊いものの命に繫がっているようにも思う。

消えゆくものが放つ一瞬の光は、とても美しい。

 

 

2010年10月20日

 

後の月吹かれてすこし歪みゐる   由季

 

(のちのつき ふかれてすこし ゆがみいる)

 

 

2010年10月20日

 

麻薬うてば十三夜月遁走す   石田波郷

 

(まやくうてば じゅうさんやづき とんそうす)

 

今日は十三夜。

旧暦の九月十三日にあたり、旧暦八月十五日の十五夜(仲秋の名月)の

後の月を愛でることから「後の月」ともいいます。

十五夜は中国で行なわれていた中秋節の月見の風習が日本に伝来したもので、

中国では今も月餅を食べながら月見の宴を盛大に行なっていますが、

十三夜を眺める風習は日本独自のものです。

十五夜、十三夜はそれぞれ供えるものにちなんで芋名月、栗名月(豆名月)とも

いいます。月を愛で穀物を供えて収穫に感謝するお祝いでもあったのです。

 

江戸の遊里では十五夜の月見をしたら十三夜も同じ場所で月見をしないと

「片見月」といって縁起が悪く嫌われたそうです。ですから、十五夜を遊里で

すごした人は必ずまた十三夜にも足を運ばなくてはいけない。

なかなか上手いことを考えるなと思いますが、とっても風流で粋(いき)ですね。

遊里でなくても、どちらも愛でるという対を重んじる心がそこに感じられます。

 

十五夜は愛媛の松山で無月の空を仰ぎました。

十三夜は東京。雲が切れてくれるといいのですが。

 

病床で詠まれた波郷の句。

麻薬は痛みを抑えるためのモルヒネ。

朦朧とする意識の中でとらえた十三夜の月が壮絶です。

 

 

2010年10月19日

 

秋天や馬頭観音玻璃囲ひ   由季

 

(しゅうてんや ばとうかんのん はりがこい)

 

 

2010年10月19日

 

秋晴のゆるむことなき一日かな   深見けん二

 

(あきばれの ゆるむことなき ひとひかな)

 

雲一つない秋晴の空。青く澄んで高くどこまでも広がる空。

秋の空は変わりやすいので、晴れていてもこの句のような

澄み渡った空に出会えることは少ない。

それにしても「ゆるむことなき」とは上手い表現だ。

秋晴そのものを詠みながら、一句全体に清澄な緊張感を湛えている。

「一日かな」はそんな秋空と出会えた感動の喜び。

 

雲一つない秋晴の空に出会えると、かならずこの句をくちずさむ。

そうすると空と心が通じたように思えるから不思議だ。

昔からそうだったけれど、詩歌の力はすごいと思う。

普通に話しても通じないものを、うたを詠うことによって、

閉ざされた扉が開かれる。それは現世に限らず、

神も人間も森羅万象すべてのものに対して。

 

俳句を詠む、とは詠う(うたう)こと。

今改めて書く句ではなく、詠う句でありたいと思う。

 

 

2010年10月18日

 

秋の天より金の羽根銀の羽根    由季

 

(あきのてんより きんのはね ぎんのはね)

 

 

2010年10月17日

 

銀漢や一生分といふ逢瀬     由季

 

(ぎんかんや いっしょうぶんというおうせ)

 

 

2010年10月17日

 

眠るとき銀河がみえてゐると思ふ   石田郷子

 

(ねむるとき ぎんががみえて いるとおもう)

 

実際にそういう経験はないけれど、

でも、なんだかこの感じは分かる。

眠る前に見た夜空の景がまなうらに残って

明かりを消した暗闇の中で目を閉じると

銀河がふたたびまなうらに浮かぶ。

屋根の上には空高く銀河が広がっている。

似たような句に

 

眠りても旅の花火の胸にひらく 大野林火

 

という句があって、眠るときの景の余韻というと

この句を思い出すが、林火の句は純粋に花火の

美しさと旅の余韻の高揚が美しく詠まれていて、

すこし趣は異なる。

「銀河」の句はおそらく高揚ではない。

むしろ作者と銀河とのしずかな対話のように感じる。

それは「眠りても」という一回性に対して「眠るとき」に普遍性を

感じるからだろう。

 

銀河は天の川のこと。

秋になるとその輝きも一層目立つようになるので、秋の季語になっている。

伝説では会いたき人と人との間を隔てるという銀河。

作者のなかにもそんな銀河の流れが見えているのかもしれない。

 

2010年10月10日

 

秋天となりゆくちから鴟尾光る   由季

 

(しゅうてんとなりゆくちから しびひかる)

 

 

2010年10月10日

 

秋の雨しづかに午前をはりけり   日野草城

 

(あきのあめ しずかにごぜん おわりけり)

 

休日の雨。

どこにも行かず久し振りに家で過ごす一日。

 

コーヒーを入れて、読みたかった本をひらく。

外には降り続く雨の音。

何にも邪魔されない、しずかな時間。

 

「午前」という時の把握が、そんな情景を想像させる。

 

 

2010年10月 5日

 

秋の雲立志伝みな家を捨つ    上田五千石

 

(あきのくも りっしでんみな いえをすつ) 

 

天高く広がる秋の雲。

空を仰ぎながら、己を顧みている。

 

立志伝とは志を立てて苦悩や葛藤の末に大儀を成し遂げた

歴史上の人物の伝記。

そういう人たちはみな志のために「家を捨つ」という。

「家を捨つ」という言葉が印象的で強く響くが、

家とはつまり故郷のことだ。

 

現代でも同じ思いを抱いている人は多くいるだろう。

作者もその中のひとりであった。

ただこの句からは、何かを為したいということだけではないもっと強いものを感じる。

それは、成功して故郷に錦を飾るというものではなく、

作者の中にある「風狂」へのあこがれのようなものなのかもしれない。

 

空高く広がって、はるか彼方にまでもたなびいているような秋の雲。

立志伝とその高き広がりが響き合うが、やはり「秋」の一語が切なさを誘う。

 

 

2010年10月 2日

 

秋風の馬上つかまるところなし   正木ゆう子

 

(あきかぜの ばじょうつかまる ところなし)

 

疾走する馬とともに、風の中に消えゆきそうだ。

 

秋風に吹かれると、体がふっと軽くなるような心地がするが、

馬上ではことさらそんな感じがすると思う。

視界の高さも広がりも、驚くほど日常とは違う。

風もストレートに感じるだろう。

 

他のどの季節の風でもこの感覚は味わえない。

秋風だからこそ、「つかまるところなし」という

身の透けてゆくようななんともいえないたよりなさを

感じることができる。

 

正木さんの句には、実景を詠みながら、どこか別の世界へと

誘ってくれる力がある。

シンプルな言葉をいかに選んでいかに表現するか。

 

そこに、力の秘密がある。

 

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