2011年10月24日

 

好きな絵の売れずにあれば草紅葉     田中裕明

 

 

井の頭公園に行く途中に小さな画廊があって、ときどき中を覗いてみる。

もうだいぶ前になるが、ふと目に入ったクリムトの複製がどうしても欲しくなって、

さんざん迷ったあげく、思い切って購入することに決めた。

一点ものではないけれど、それでも次に来るときにはもう無いかもしれない

という不安が、決心させたのだ。だからこの句の思いがよく分かる。

とても手の届かない額の絵だったら、きっと私もこんな思いがしたことだろう。

クリムトの「抱擁」と「ユディット」はいま、部屋で静かに金色の光を放っている。

 

田中氏の好きな絵とは、何だったのだろう。

手が届かないけれど、とっても好きな一枚の絵。画廊を通りかかるたびに

その絵がまだ掛かっているのを見ては、どこかほっとしているのだ。

まだ誰のものでもない一枚の絵も、いずれは誰かのものになってしまう。

安堵からくるささやかな嬉しさと同時にある手に入れることのできない淋しさ。

その辺りの心のありようが「草紅葉」にうまく投影されていて、心ひかれる。

 


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