2011年1月31日

鳥たち

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昨日は句会でした。

部屋の窓から見える空が真っ白で

ずいぶんと寒そうだなあと思って見ていたのですが、

雪が降っていたことは知りませんでした。東京では初雪。

いつ降っていたんだろう。

 

 

句会の後はいつものように近くのお店へ。

軽く飲んだり食べたりしながら俳句の話をします。

もちろん、俳句の話だけじゃないけれど。

リラックスして言いたいことをいっているうちに、

あっと気が付くことがあったり、逆に気付かされることが

あったり。句会も好きだけど、この時間も好き。

 

句会で一番好きなのは、選句をしているときのしずけさ。

これはもう前からそう。

それまでガヤガヤしていた会場が途端に静まり返り、

紙の擦れる音とペンの走る音だけが聞こえてくる。

あの緊張感がたまらなく好きです。

雪の降る前の張り詰めたようなしずけさにもちょっと似ているのかも。

だから選句中におしゃべりのある句会は苦手。

 

今日は1月最後の日。

もうすぐ春ですね。

 

 

 

 

2011年1月29日

氷張る

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散歩の途中で見つけた池の氷。

夜の冷え込みで凍ったんですね。

池といっても図書館の前に作られた小さな池で、

日陰になっているところだけに氷が張っていました。

浮いている氷を持ち上げてみたら、5ミリぐらいの厚さ。

先客の男の子達が割ったり投げたりしてだいぶ細かくなって

はいましたが、それでも凍った端を持ち上げようとすると1メートル

ぐらいの大きさのものも。

嬉しくなって「氷だ、氷だー」とはしゃいでいたら、

男の子たちも気を使ってくれたのか、ふと気がつくと

場所を譲るようにどこかへ行ってしまいました。

「これ以上氷を割るな」オーラが出ていたのかもしれませんね・・・・。

 

もっと大きな氷のかけらを見つけようと、

一人占めとなった池で、しばらく遊んで帰りました。

 

氷をさわりすぎたので、指先が冷えて真っ赤に。

じんじんとほてったような痛さ。

子供の頃の雪遊びのあとの手の痛さを思いだして、

ちょっと懐かしくなりました。

 

 

 

 

2011年1月28日

 

ふくらみしままの泪や藪柑子     神田ひろみ

 

(ふくらみしままのなみだや やぶこうじ)

...............................................................................................

小さな子の泪は、どうしてあんなに綺麗なんだろう

と思うほど、大きな粒となって溢れ出てくる。

こぼれずに、目を潤わせながらふくらんでいる泪の粒。

 

地面に近いところに赤い実をつける藪柑子。

その丈の低さが子供の目線に合わせてしゃがんでいる

お母さんの姿を想像させてくれる。

 

ぼろっと零れ落ちそうな泪の粒が藪柑子の丸いかわいらしい実とも

通い合うようだ。

 

 

 

 

 

 

2011年1月27日

 

三寒の四温に響く槌の音        由季

 

(さんかんの しおんにひびく つちのおと)

 

 

 

 

春近し

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今日もいいお天気です。

空や窓から差し込む日の光が今日はとりわけ明るい。

太陽と地球の距離が少しずつ近くなっているんだなあということを

光の強さや温度から感じます。

 

三寒四温とはよく言ったもので、

寒くなったり暖かくなったりしながら、少しずつ日脚を伸ばして

春に近づいていくのですね。

 

 

 

 

2011年1月25日

ミニヨン

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杉並俳句講座のあと、お昼にクラシック喫茶ミニヨンに寄りました。

チーズトーストとコーヒー。それからヨーグルトも付けて。

 

すぎなみ詩歌館から荻窪駅に戻る途中にあるので、

ほっと一息つくのに、ちょうど良い場所なのです。

 

席に着いたら、モーツアルトのヴァイオリン・ソナタ第28番ホ短調が。

この曲好き。

出たしのメロディが切なくて、ぐっと胸をつかまれる感じ。

と思っていたら、モーツアルトの母アンナがパリで客死した頃に

作られた曲なのだそう。

そういう背景を知ると、より深く胸に響いてきますね。

 

ミニヨンのあとはお仕事のゲラを届けに神保町へ。

ずっと気になっていたものがとりあえず手を離せて

こちらもちょっと一息です。

 

 

 

 

 

 

2011年1月24日

僕と妻の1778の物語

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見に行きたいと思っている映画がある。

「僕と妻の1778の物語」

病気の妻を元気づけるため、毎日毎日妻のためだけに

物語を綴っていったという話。

この話、実話だというのがすごいと思う。

そのモデルとなっているのは作家の眉村卓夫妻。

ふたりの愛のかたちをしっかりと見たい。

 

ところで、眉村卓さんが俳句を作られることを私は知らなかった。

なぜ知ったかというと、林誠司さんが眉村さんの俳句について

ブログに書いていたから。

夏目漱石や芥川龍之介、久保田万太郎など、俳句専業でない人たちの

俳句は文人俳句と呼ばれている。だから眉村さんの俳句もその中に入る。

林さんの文章を読むと、俳句には頭で理解するだけでは決して引き出せない

魅力がある、ということがわかるし、そのことにとても共感する。

俳句はそこに書かれている文字(テキスト)だけではない。

詠んだ人の心、読む人の心。二つの心が響きあって初めて見えてくるものが

あることをけっして軽んじてはいけないと思う。

 

林誠司 俳句オデッセイ

 

是非、こちらを読んでみてください。

 

 

 

 

 

白鳥の胸を濡らさず争へり       吉田鴻司

..............................................................................................

縄張り争いか恋の争いか。二羽の白鳥が向かい合って

純白の羽を羽ばたかせている。

 

胸を濡らさず争へり

この気高さが素敵だ。矜持というものを思う。

作者が感じたその姿への憧れ。

そしてかくありたいと、自分も思う。

 

 

 

 

 

白鳥の羽の喝采やまざりし      由季

 

 

 

 

2011年1月23日

 

石垣に日の移りゆく寒の梅       由季

 

 

 

東御苑

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東御苑の天守台からの景。

向こうに見えるのは丸の内のビル群。

吸い込まれそうな冬晴れの空でした。

苑内の枯芝に寝ころんでみんなで仰いだ空は

ちょっと忘れ難いです。

 

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御苑の濠にいた白鳥。

汚れない白さで、神々しいほどでした。

 

 

 

 

 

 

2011年1月22日

吟行

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今日は若手俳人仲間と神田明神、神保町~東御苑吟行です。

寝つきが悪くてちょっと寝不足気味ですが、

お天気もよさそうですし、集中して俳句作ってこようと思います。

 

それでは、行ってきま~す。

 

 

 

 

2011年1月21日

おめでとう ♪

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角川俳句賞の授賞式と新年会に出席してきました。

写真は受賞者の山口優夢くんと。

26歳の受賞は田中裕明さんの次に若い受賞とのこと。

俳壇に新しい風が吹いてきています。

まだ高校生の優夢くんと初めて出会った頃のことを

懐かしく思い出したりしました。

私も年取ったけど、優夢くんも貫禄ついたね^^;

受賞作では、

花ふぶき椅子を抱へて立ち尽くす

しらうをも市場も濡れてゐたりけり

エレベーターあかるしコートの雪払ふ

とかが好きでした。受賞第一作の

くちびるに笛のつめたし秋桜

白息に白息触れて消えゆけり

寒満月けものの影が檻の外

も好きです。

とにもかくにも、受賞おめでとう!!

とてもよい刺激をいただきました。

(勝手に写真載せちゃったけど、マズかったら言ってね)

 

 

その他、久々にお顔を見れた方々とごあいさつできて、

東京會舘で絶対はずせないロースとビーフとカレーもちゃんと食べれて、

楽しく有意義なひとときを過ごしてきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

水仙や古鏡の如く花をかかぐ     松本たかし

 

(すいせんや こきょうのごとく はなをかかぐ)

.............................................................................................

「古鏡」とは古代の金属製の鏡。青銅や白銅で鋳造したものの表面を

磨き上げて光の反射で映るようにしたものだ。

古代の人がそこに顔を映して眺めていたものだと思うと、発掘されて

展示されている古鏡を見るたびに古に思いを馳せ、言い知れぬ心地になる。

 

「古鏡の如く」。

こんな比喩をしてみたいという憧れの句。

水仙の花の形と纏っている静謐な空気が「古鏡」を呼び寄せたのであろうが、

その比喩はありきたりでなく、また離れすぎていもいない。

互いの魅力を引き出すような比喩だ。

それに「花をかかぐ」という措辞がその比喩を映像として引き立てている。

 

響き合う水仙と古鏡。

水仙はただの水仙ではなくなり、古鏡には命が吹き込まれる。

 

 

 

 

2011年1月20日

大寒

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今日は大寒。

二十四節気の一つで、暦の上ではもっとも寒くなる日。

今日の東京は快晴で冷え込みはそれほど厳しくないようです。

二十四節気は中国伝来の季節の表し方。

春夏秋冬だけでなく、もっとこまかく季節に添う言葉で季節を表現して

いるところは、今の数字だけが並ぶカレンダーよりも季節と暮らしの

密接をより感じられて私はとても好きです。

 

日本は新暦なので日常生活には使えませんが、

スマートフォンに中国暦のアプリを入れてたびたび見ながら、

旧暦の感覚を味わうようにしています。

中国では今でも旧暦で生活しているので、これが普通なのですが、

だいたいひと月づれると認識していたものが、日によっては二ヶ月くらい

新暦とずれていたりして、ちょっとした驚きや発見がありますよ。

因みに旧暦だと今日は12月17日にあたります。

 

歳時記は旧暦の頃のものと新暦のものが混在しているので

旧暦もちゃんと知っておかないと、という思いです。

知っていれば、季節の矛盾やずれに自分の感覚が対応できますからね。

それに、季節の名称はすべて季語として使われていますし。

「魚氷に上る」や「雀蛤となる」とかの七十二候もそう。

 

知れば知るほど、旧暦は面白いですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

2011年1月19日

 

さきがけの花のこぼるる寒の梅        由季

 

 

 

 

 

 

湯島天神

白梅.JPGのサムネール画像

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は湯島天神を吟行しました。

先日吟行した小田原に比べるとやはり少し寒いのでしょうね。

日当りのよい梅の木だけが、さきがけの花を付けていました。

今咲いている梅はまだ冬の梅。

寒梅、冬の梅、または早梅とも言います。

 

 

道真ゆかりの学問の神様ということもあり、

境内には受験合格祈願の絵馬がぎっしり。

 

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私も中学生の頃、合格祈願とその絵馬を掛けに

ここを訪れたことを思い出しました。

 

今月25日には、鷽替え神事が行なわれるので、

出来ればまた足を運びたいと思っています。

 

 

 

2011年1月18日

 

冬薔薇の咲くほかはなく咲きにけり   日野草城

                                     『人生の午後』

................................................................................................

句集『人生の午後』は昭和28年に刊行された第7句集。

31年に54歳で亡くなった草城晩年の作品が並んでいる。

21年に病に倒れてから、亡くなるまでの満10年間、ほとんど寝たきりの生活

であったから、この句集も病床で詠まれたものだ。

あたりのものが次第に枯れ色を強めていく中で、凛と咲いている冬薔薇。

寒さに凍えるような時でも、薔薇は薔薇として、咲かなければならない。

それが与えられた生をまっとうできる、唯一のことであるかのように。

冬薔薇に投影された草城の志が一句を貫いている。

10代で「ホトトギス」雑詠に入選し、20歳で巻頭をとり、また23歳の若さで

「ホトトギス」課題句選者に推されるという、他に例を見ない躍進をした草城の

スタートはまさに順風満帆であった。

 

春の夜やレモンに触るる鼻のさき

春の灯や女は持たぬのどぼとけ

 

などの垢抜けた表現や、艶のある句を詠んだ草城の新しさには右に出るもが

いなかったであろうし、物議を醸した「ミヤコホテル」の連作も、その軽い甘さには、

現代の感覚に通じるものがある。けれども、戦争という時代の波は容赦なく襲いかかり、

次第に高まっていく言論弾圧の風潮の中で、華々しかった俳句人生の中断を余儀なく

された。

約4年の空白を経て再び俳壇へ戻ってきたのは昭和21年。

草城の再スタートは病に倒れた年でもあった。

 

切干やいのちの限り妻の恩

初咳といへばめでたくきこえけり

見えぬ眼の方の眼鏡の玉も拭く

 

 『人生の午後』に収められたこれらの句には、かつての草城が見せた華やかな世界

は無い。病に臥し、職を失った清貧のくらしの中で、かつての華やかさと引き換えに

得たものは、あるがままの自分を詠むことだったのだと思う。

病臥の10年は、新しい草城を生み出した。そして死の間際まで俳句を詠みつづけた

という草城の生き方に、冒頭の句の潔さが重なるのである。

 

                          同人誌「気球」2006号(終刊号)より転載

 

 

 

 

 

 

 

                              

2011年1月17日

着物 ♪

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「海」の新年会、無事終わりました~。

160名ほどのみなさまと和やかに過ごしてきました。

やっぱり新年会は華やかでいいですね。

 

海の俳句会はこの新年会から23年度がスタート。

今年も更に充実した会になるよう、海のひとりとして

尽力していきたいと思います!!

 

 

 

 

 

 

新年俳句大会

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今日は海の新年俳句大会の日。

会場は青山のホテルフロラシオン。

新年会も兼ねているので、着物を着ていくことにしました。

なので、朝が早い!! 

久し振りのお着物です。

今日はくじ引きの福娘の役をおおせつかっているので

みんなに福がわたるよう、頑張ってきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

2011年1月14日

 

村中の風を集めてどんど焚く     高橋悦男

 

(むらじゅうの かぜをあつめて どんどたく)

........................................................................................

「どんど」は小正月に行われる行事で、14日の夜、または15日の朝に

木や藁などで組み上げたやぐらの中に正月飾りや書き初めなどを入れて

焚きあげ、無病息災や五穀豊穣などを願う。

 

今年も三が日明けの伊豆の海辺や、東京に戻ってきてからの多摩川の河川敷で

どんどの櫓が作られているのをいくつも見かけた。

こういう風景を見ると、うれしい。

私は河川敷でのどんど焼きに参加したことはないが、小学生の頃に学校の校庭で

どんど焼きをしたことを懐かしく思いだした。

みんなで書き初めを入れたり、願いごとを書いた短冊を入れたり、もちろん正月飾りも

たくさんかけられてあった。だるまや竹をいれると、大きな音を立てて勢いよく爆ぜる。

その音に大騒ぎしながら、炎を上げる櫓を囲んで楽しんだ。

 

関東ではどんど焼きというけれど、東海地方より西では「左義長」(さぎちょう)と呼ぶ。

これは俳句を始めてから知ったこと。

 

今日もどんどを囲んでにぎやかな年神さまを空に送る行事が行われることだろう。

掲句は小さな村ごとのどんど焼きだろう。

みんなが正月飾りを持ち寄って高く積み上げられたどんど。

「村中の風を集めて」が、そんな村の和やかな景色を想像させる。

 

 

 

2011年1月13日

寒の梅

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気温が低くて、風が身にささります。

東京はしばらく雨が降っていないので相当乾燥しているでしょうね。

ちょっと喉が痛いです。風邪には充分気をつけなくては。

 

今日はこれから渋谷のカルチャーで句会。

ではでは、行ってまいります。

 

 

 

 

 

 

天地の息合ひて激し雪降らす      野澤節子

 

(あめつちの いきあいてはげし ゆきふらす)

..............................................................................................

北では雪が猛威をふるっている。

雪しまく、という言葉があるが、そんな雪の景を思う。

 

節子の迸る詩情が捉えた、激しい雪の景。

「天地の息合ひて」というスケールの大きさには圧倒される。

人智で測ることのできぬ自然の力と、そこに少しく滲む官能。

「激し」とは雪の激しさとともに、節子の内に抱えるなにものかの激しさでもあるのだろう。

なにものか、と言ったのはありきたりに限定したくないという思いがあるからだが、

例えばそこに、カリエスを患って寝たきりとなっていた節子の生への強い希求が

あるといえば、言えなくもない。

自らのうちに鬱屈した何かを抱えているとき、

外側の激しさは時にそんな何かを薄れさせ、癒してくれることがある。

「天地の息」が激しくぶつかって降らしくるその雪は、なにものかを癒すかに

しずかにしずかに降りつづいているようにも思う。

 

 

 

 

 

2011年1月11日

 

三日月の光る鼻梁の凍りけり     野澤節子

 

(みかづきの ひかるびりょうの こおりけり)

.............................................................................................

昨夜の空にかかっていた三日月は美しかった。

ハッと心を動かされて、カメラのレンズを空に向けてみたけれど、

映し出されたデジタルの画面に、同じ月は写っていなかった。

 

鼻梁とは鼻筋。

すっと通った鼻筋のように、繊細な三日月が漆黒の夜空に輝く。

美しくも、鋭いその輝き。

純度の高いプラチナのような輝きが冴え冴えと見えてくる。

 

 

 

 

 

 

 

講座始め

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都心でも零下という予報どおり、今日は朝から冷え込みました。

今日からすぎなみ詩歌文学館での杉並俳句講座の新年がスタート。

年明け最初の日なので張り切ってでかけたのですが、

電車のトラブルで足止めをされて、講座始まって以来初の遅刻!!

 

しかも今日は午後から俳人協会の賀詞交換会があるため、

少しおめかしして高いヒールを履いていたので、

余計に足取りも遅く、必死な思いで会場へ向かいました。

 

席に着いたら、目の前にかわいらしい兎が。

ヒールで足がじんじんしていたのですが、そんな痛みも

吹き飛ぶほど、一気に目の前が華やいで、気分も晴々。

嬉しいことに、今年の干支の兎を折り紙で作ってきてくださったのです。

しかもちゃんと緋毛氈の上にのせて、「卯年」という立札まで。

兎の目にはスワロフスキーみたいなきらきら光るものが付いていて、素敵なのです。

初句会にあわせたその心遣いにとても感激してしまいました。

多美さん、ありがとうございます。

家についてから、さっそく玄関に飾りましたよ。

 

初句会、誰もお休みなく、みなさんのお顔がみられて嬉しかったです。

また、今年一年楽しみながら(苦しみながら)いい句目指して頑張っていきましょう!!

 

 

 

 

 

2011年1月10日

 

日だまりや梅のかをりに人動き     由季

 

 

 

小田原吟行

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日だまりや梅のかをりに人動き        由季

 

 

 

昨日は冬晴れの吟行日和の中、小田原を歩いてきました。

誘ってくださったのは、上野一孝さん。

一孝さんの評論集『風の声を聴け』に私の句を引用してくださったのが

ご縁で、それから親しくさせていただいているのですが、

一見クールに見えて、実はとっても熱くて面白いところが好きです。

以前若手の句会にゲストで来ていただいたことがあったのですが、

年齢の差を感じさせないほど我々と打ち解けてくださって、しかも

上からではなく、同じ目線で熱く俳句について語ってくださったのが

とても印象的だったのを覚えています。

 

散策は小田原文学館→海→小田原城というコース。

小田原文学館には藤田湘子先生の句碑と展示コーナーがあるということで、

小川軽舟さんが案内してくださいました。(これってすごい贅沢な感じですね)

ほどよい大きさの、良い佇まいの句碑には「愛されずして沖遠く泳ぐなり」の

句が刻まれています。

 

文学館でも小田原城でも、早くも梅が咲いているのには驚きました。

しかもほつほつというのではなく、満開に近いほどひらいている木も。

白梅、紅梅、それから蝋梅も咲いていて、一足先に春を感じたような気分。

実際に昨日は春のようなあたたかさで、小田原は本当に暖かいんだなあと

思っていましたが、今日のニュースを見ていたら、例年よりも16日くらい早い

開花なのだそう。その早い開花を目の当りにして、梅との出会いがもっとも

心に残りました。

 

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小田原の海、御幸の浜。

海風はさすがに冷たい。そんな風にもめげず、

果敢に突堤の先まで攻めていくみなさん。さすが、俳人。

 

色々な句に出会えて、句会ではいい刺激をいただいて、

帰路につきました。

 

ご一緒していただきましたみなさま、ありがとうございました。

 

 

2011年1月 9日

小田原吟行

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超結社の吟行会にお誘いいただき、

今日はこれから小田原へ向かいます。

 

久し振りの小田原。

散策するのが楽しみですが、なによりもご一緒する方々が

すごいので、行く前から実はちょっと緊張していたりします。

初めてお会いできる方もいるので、どきどきです。

気合だけは充分ですが、さて結果はいかに。

楽しみながら、いい句を作れるように頑張ってきまーす♪

 

 

 

 

 

2011年1月 8日

 

松過ぎの一日二日水の如       川崎展宏

 

(まつすぎの いちにちふつか みずのごと)

............................................................................................

松過ぎは、松納め、飾り納めをして門松や注連飾りを取ってから

しばらくの間の日数のこと。

松の内ではないとはいえど、まだどこかしらその名残を宿しつつと

いった趣をこの松過ぎという時間には感じる。

でも松の内の一日、一日とそれを過ぎてからの日数では

一日の重さが違うのだ。正月から三日間は三が日と言って新年の来客や

行事があったり、四日からは仕事始めで年始のご挨拶があったりとだいたい

7日頃までは日にちに合わせての動きがある。

一日、一日がどこか立っているように感じられるが、松過ぎともなると

そのあたりが次第に緩んでくるのだろう。

一日、二日が水の如くに過ぎてゆくというのは、なるほど巧いことを言うものだ。

気付いたら一日二日経ってしまっていたという松過ぎへの感慨がさらりと過ぎ行く

水の早さに託されてうまく出ているように思う。

松過ぎという言葉の持つ静けさが「水」と響き合って、音無く過ぎ行く時の流れをも

感じさせてくれるようだ。

 

 

 

 

松過ぎ

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人日の骨鳴らされてゐたりけり          由季

 

 

今日は8日。ところによっては違いますが、たいてい7日が松納めで、

この日に門松をとるので、今日あたりから門松も正月飾りも見なくなりました。

正月気分もそろそろ抜けて、街も普段の顔を見せ始めています。

松過ぎの新宿のビル群。カーテンを開けるといつものようにすっくと聳えて

いました。この景色をじっと眺めるたび、

新宿ははるかなる墓碑鳥渡る  福永耕二

の句を思います。はるかなる墓碑、その裏にある作者の胸の内をいつも

考えてしまうのです。

 

昨日7日は、人日でしたね。また七種粥を食べて万病を除く信心の日でも。

七種は本当はお庭で摘んだもので作れたらいいのですが、

今はセットになってスーパーで売っている時代になりました。

それもみな日本人の信心深さあってこそ。よく知らなくても気分だけは

しっかり味わいたいと思うところがあるのでしょうね。

せり、なづな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これや七種(ななくさ)

万葉の時代から現代にまで続いているこの風習、大切にしたいものです。

 

人日(じんじつ)というのは中国からきた呼び方。

元日から8日まで、それぞれ~の日というのが決められていて、

因みに、元日から鶏、狗、豚、羊、丑、馬、人、穀。

7日は人にあたるので、人日。

改めて見てみると、どれも人の暮らしに欠かせないものばかりですね。

でも平等に8日のなかに人が組み込まれているあたり、ちょっと意味している

ところがありそうです。

七種粥は食べて邪気は払ったのですが、肩こりからくる頭痛がひどくて

堪らずに、昨日は整体にかけこみました。

勝手な言い分ですが、人日は自分を労ってあげたくなる感じがしますね。

人の日ですし・・・・・・・・・・;

ボキボキと骨をならされて、すっきりしてきました!!

 

 

 

 

2011年1月 7日

 

ゆつくりと翡翠の色や薺粥      由季

 

 

 

 

 

2011年1月 5日

タライ岬

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凧引き合つてゐる空と海     由季

 

久し振りに凧揚げの風景を見ました。

凧は「いかのぼり」。凧揚げのことですね。

風に乗って勢いよく上がる凧に、存分に色を尽くす空と海。

少し冷たい海風に吹かれて立つ浜辺は穏やかで、新しい年の波音を

くりかえしくりかえし、ただ静かに聴いているようです。

 

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海岸沿いを歩いてタライ岬へ続く山道へ。

緩やかな登りを越えると、海桐(とべら)の木のトンネルがあり、

その先にようやく海が見えてきます。

さすがに岬は風が強くて、轟々と吹き荒ぶ風に話す声も掻き消される

ほどでしたが、自然の見せる青は言葉を失うほど美しく、

ただただ感動して景色に浸るばかりでした。

 

 

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帰り道に仲良くなった野良猫のカブキ。

顔にカブキ役者みたいな模様があるのでカブキ。

たくさん遊んでくれてありがとう。

また会えるときまで、元気にしているんだよ。

 

 

 

 

 

2011年1月 4日

 

春著着て手にするものに飽きやすく     阪西敦子

 

(はるぎきて てにするものに あきやすく)

............................................................................................

春著は新春に着るために新しく作った晴着のこと。

現代の生活では薄れゆきつつあるが、着物を新調とまでは

いかなくても、新年を迎える気持ちとともに、身につける

ものも新しくしたいという思いはある。

もちろん現代でも初詣などで晴着を着ている人に出会うことが

あるが、やはり正月の晴着はいいものだ。

掲句、春著という華やかなものを身にまとって、どこか気がそぞろ

になっている感じが「手にするものに飽きやすく」から伝わってくる。

「飽きやすく」は別につまらないからではない。

飽きやすいのは意識がそこに集中しないからだ。華やぎのなかの

そわそわしたあの何とも言えぬ感覚が巧く捉えられていて、

着ている女性の心のうちまでもそこはかとなく伝わってくる。

 

 

 

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熱海から下田へ。

窓が広くて、座席が海の方へ向けて横一列に

並んでいる素敵な電車に乗りました。

日の光を返しながら移ろいゆく潮の色。

海岸沿いをゆく電車は、ひたすら青い海とともに

走ってゆきます

 

 

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南伊豆の弓ヶ浜の海。

ちょこんと盛り上がって見えるのは式根島。

そのはるか沖にうっすらと見えているのは三宅島です。

人のいない静かな浜には寄せては返す波音だけが

どこまでも響いていました。

 

 

 

 

2011年1月 3日

 

いづくともなき合掌や初御空     中村汀女

 

(いづくともなきがっしょうや はつみそら)

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初御空とは、元日の大空。ほかに初空とも言う。

「はつみそら」という言葉はなんて美しいのだろうと思う。

空を讃える「み」という音の響きがとても好きだが、それは「美」

という音にも通じていて、華やいだ美しさを感じさせてくれる。

新しい年の始まりの空と思うと、その空の青も、そしてその空を

見上げる人の心も常とは違って見えてくる。

とりわけ雲一つない好天の初御空に恵まれると、

それだけであたりにまで淑気が満ちてくる心地だ。

掲句の初御空もこの上なく清らかな青空だったのだろう。

年の始まりの空の清らかさにありがたさが溢れてきて

思わず合掌したのである。

初詣の神社などへの合掌ではなく、空という大きなものへの合掌。

この「いづくともなき」がなんともいい。

頭上に広がる空を感じながら、ただ静かに目を閉じて手を合わせているのである。

 

 

 

三が日

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写真は熱田神宮の大楠。

暗いのでちょっと怖いですね~。

今年の年末年始は愛知で過しました。

初詣に熱田神宮へお参りしようと向かったのですが、

もう、すごい人の数。せっかく行ったので頑張って

お参りしてきたかったのですが、あまりの列の長さに

あえなく断念。はるか彼方にいる神様に一礼して、

別の神社へお参りしました。

 

東京の三が日はどんな感じだったのでしょうね。

こちらは三が日は好天に恵まれて、比較的過しやすかったですが、

大晦日の朝は雪でした。初雪です。

ちょうど前日に「初雪」の句をアップしていたので、ちょっとびっくり。

句が雪を呼んだのかもしれませんね。

何かと慌しく過ぎていった感じの年末年始でしたが、

今年の正月は百人一首の歌留多とりをしたり、初笑いに大須演芸場へ

行ったりと、正月らしい気分も味わいました。

 

明日から下田へ行きます。

爪木崎の水仙や海を見て、新年の句を作ってきたいと思います。

 

 

2011年1月 1日

 

手に受けて真澄の鈴の破魔矢かな     由季

 

 

 

 

 

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[2015/10/25更新]   第17回山本健吉評論賞を受賞しました

[2015/10/25更新]   「俳壇」11月号関東VS関西若手作家競詠5句と短文掲載

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[2015/ 8/16更新]   「俳壇」8月号「にっぽん俳句風土記」にルート17吟行風景が掲載されています

 

  

謹賀新年

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明けましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

みなさまにとって今年がよい一年でありますように。

 

 

 


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